
平成21年2月 経済産業省の近代化産業遺産に登録されました
この協議会は豊後森機関庫の維持保全活動を行うと共に、これからの活用方法を検討・創出し、機関庫の活用を図ることにより「豊後森機関庫の保存」と「機関庫を核としたまちづくり」を推進していくことを目的としています。 ただいま、協議会では会員を募集中です。協議会の目的に賛同される個人で、町内外を問いません。多くの方の申し込みをお願いいたします。 |
豊後森機関庫歴史館
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豊後森機関庫保存の取り組み -地元有志を中心にした保存運動-大分県玖珠土木事務所 岩田 政勝 【豊後森機関庫とは】 みなさん、玖珠郡玖珠町のJR豊後森駅構内に、独特な形をした古い鉄筋コンクリートの建物があるのをご存じでしょうか。この建物は昭和9年に建設され、蒸気機関車からディーゼル機関車へ切り替わる昭和46年まで使われていた豊後森機関庫です。
【住民主体の保存運動】 昭和62年に国鉄が民営化され、それまで国鉄が所有していた土地や建物が次々に売却されていきました。鳥栖にあった機関庫も解体され跡地は売却され ています。豊後森機関庫の敷地は幸か不幸か周辺は田んぼで道路に接していなかったためにJR九州も売るに売れず、最後まで残されていました。しかし、平成 12年ごろに豊後森機関庫を処分するとの話が聞かれるようになり、それまで生き延びてきた豊後森機関庫も解体の危機に直面することとなりました。 豊後森機関庫が使われなくなってから、保存の必要性を訴える声は幾度となく起こってはいましたが、解体の危機に直面したことから、写真家の野村氏や 建築家の尾方氏など地元有志数名が平成13年9月に第一回発起人会を開催し、建設会社経営の河野氏を会長に選出し、各団体等にも声をかけ、19名の発起人 により保存運動が開始されました。私もたまたま当時も玖珠土木事務所に勤務していたことから、発起人の一人として名を連ねさせていただきました。
署名活動は豊後森駅前や大分市中心部での街頭署名活動、さらにマスコミ報道やインターネットで知った全国の方々から署名が寄せられ、平成14年2月16日での集計では目標を大きく上回る22,437名もの数になりました。 保存に向けての運動は各団体を巻き込んでの運動に発展していき、保存委員会の活動と平行して、各団体が次のような独自の取り組みを行っています。
保存委員会は玖珠町の街づくり助成金(200万円)を利用し、「子どもと夢を!機関庫保存でまちおこし」をキャッチフレーズに、国鉄久大本線開通当 時のにぎわいや全盛期の機関庫の様子、廃墟と化した建物の現況までをそれぞれ貴重な写真や8㍉映像で構成し、「まんが日本昔ばなし」で有名な俳優常田富士 男さんの語りを盛り込んだ自主制作映画「機関庫物語、時代(とき)の移ろい」を制作しました。 そして、保存委員会結成1周年記念事業として平成14年11月16日にメルサンホールで機関庫シンポジウムを開催し、機関庫物語の上映と常田富士男 さんの講演会、自主映画の音楽を担当していただいた音楽家川岸宏吉さんのコンサートをおこないました。なお、常田さんや川岸さんも保存運動に大変共鳴して いただき、ボランティアで協力していただきました。
俳優の常田さんと音楽家の川岸さんを囲んでの記念撮影 街頭募金を呼びかける保存委員会のメンバー
地元有志が中心となった豊後森機関庫保存運動は玖珠町、JR九州、県を動かすこととなりました。それまで、町議会で「JR九州には申し入れている」 との答弁に終始していた町から平成15年9月の町議会で「JR九州と土地、建物の譲渡について協議を始め、JR九州も理解して頂いている」との町長からの 答弁がありました。その年にはJR九州の石原社長をはじめJR九州の関係者が豊後森機関庫を初めて訪れ、町長や保存委員会メンバーが案内役を務め、町民の望みを伝えま した。また、数日後には広瀬知事も視察に訪れ、「当時のままの姿で残っているのは素晴らしい。JR九州に協力してもらい保存してもらいたい」とコメントし ています。 そして、保存運動は実を結び平成19年に豊後森機関庫とその土地1.2㌶の所有はJR九州から玖珠町に移り、さらに平成21年2月には経済産業省の近代化産業遺産に登録されました。 【豊後森機関庫現地調査の実施】 参加者は調査の実務を担う両協同組合と建築士会員等合わせて約35名、その他保存委員会や地元商店街の方々で総計50名を超える方々が参加し、高所作業車3台を動員し、屋上や外壁の上部、天井など全てを一日で調査することができました。
柱を調査する調査員 高所作業車を使って天井の調査
などを考えています。 【住民主体の保存運動がもたらしたもの】 玖珠町とりわけ豊後森町は国鉄久大線の機関区の発展と共に生まれ繁栄し、そして機関区の衰退と共に町の活力が失われて来た、まさに一体であると言っても過言ではない町です。そのため、豊後森機関庫が解体の危機に直面したときに地元有志が中心となり保存運動を行いましたが、それは単に貴重な遺産ということだけではなく、 ここで働き、遊びあるいはこの建物に感動した体験をそれぞれが持ち「豊後森機関庫の解体」に対して、自分の身を切られる思いからわき上がってきた運動で す。 そしていま、周辺商店街や地元自治会ではむかしのにぎわいを取り戻そうと「豊後森機関庫」を核としたまちづくりに懸命に取り組んでおり、保存運動は そのきっかけとなっています。また、保存運動のリーダーである建築家の尾方氏は「豊後森機関庫の保存運動は単に建物の保存だけではなく『玖珠町のシンボ ル』を創り、子供たちに守り残したい。そして、玖珠町を愛するこころを育てていきたいとの思いが込められている。また、これまでの運動でおおくの方から応 援を頂き、行政や大企業を動かすなど町民に勇気と誇りをもたらした。」と語っています。 保存委員会では「豊後森機関庫」に新たな命が吹き込まれるまでが「保存運動」であると考えており、この運動をさらに前進させ、広く多くの方を巻き込んだ運動として展開していき、玖珠町の活性化につなげていきたいと考えています。 【住民主体の運動への行政のかかわり】 まず一点目ですが、民間が担える部分、民間の素晴らしい点です。
つぎに、行政が担える部分・行政に期待されている部分は
などであろうかと思います。 そして、一番強く感じたのは熱い情熱を持った「強力なリーダー」が必要だと言うことです。既存組織のない新たな民間主体の活動においては「強力な リーダー」は絶対です。この豊後森機関庫保存運動も河野氏、尾方氏、野村氏などの「強力なリーダー」の存在なくしては有り得ません。しかし、これがまた一 番難しい問題でもあり、住民主体の運動の正否を左右する鍵でもあります。私はこの問題の解決策の一つに行政の役割があると思います。「志あるリーダー」を 行政がバックアップすることにより「強力なリーダー」に位置づけることができます。 豊後森機関庫の保存運動はまだ道半ばであり、最終目的にたどり着くためには、これまで以上の膨大なエネルギーと経費、そして継続が必要になります。 まさに、保存運動は住民パワーと行政が連携し、お互いの機能を発揮して、保存・活用に向けて進んで行かなければ目的の達成はできません。 保存委員会には次につづく「志あるリーダー」がたくさんいます。豊後森機関庫の所有者である玖珠町にもう少しの積極的な取り組みとバックアップを期待し、もっと広く住民パワーを結集し、機関庫の保存運度を継続していきたいと思います。 このレポートが地域住民と行政が連携したまちづくり・地域活性化の一助となれば幸いです。
豊後森機関庫キャラクター「コッキーちゃん」 |



まず最初に国の登録有形文化財への登録を目指した「一万人の署名運動」に取り組むことにし、11月16日が豊後森機関庫落成日であることから、この日に玖珠町のメルサンホールで保存準備大会を開催し、多くの町民・各団体に運動の主旨を説明し、署名活動が開始されました。


